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田村隆一訳 全巻目次
 世界を驚嘆の渦に捲き込んだ禁断の書『我が秘密の生涯』はヴィクトリア朝時代の富裕な一紳士の性の記録文学である。幼年期から青年期、壮年期から老年期に至る主人公ウォルターが体験した数々の女たち。当時の性風俗に関する情報の宝庫として、また主題の積極性、冷徹な観察力、精緻な描写において、比類ないポーノグラフィの最高峰!(文庫版〔上〕カバー見返しより)
           
英語の原書はここで読めます。
      第1巻 あとがき(訳者)

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 第一巻を通読しおわって、さて、いま、読者は、この本をいかなる図書のジャンルに組みいれようとされるであろうか。要するにポルノさ、とかたづけられるであろうか。――なるほど、全巻を通じてエロティックな場面は随所に現われてくるし、その表現もきわめて自由大胆、作者のペンは畏縮することを知らない。

けれども、いわゆるポルノなるものは、そのような場面の珍奇異常な展開そのものが伝達の主たる目標なのであって、多少の筋立てというものも、ただ、場面の展開をまことしやかにささえているだけの趣向にすぎない。『我が秘密の生涯』にあっては、そこがちがう。そこにはひとりの現実の人間が生き生きと行動していて、その行動がはなはだ尋常でないにはしても、その克明な記録が率直に読者に提供されているのである。ウォルターという名で主人公を呼んでいる、この無類な記録の作者も、ポルノじゃないさ、とひとこと言って、あとはただ苦笑するだけであろうか。――ときとしてこの本に与えられる、《まぼろしの名著》という評語も、考えてみれば、妙なものである。

なるほど、原本初版の部数は極端にすくない。一八九〇年前後と推定されるころ、著者の注文によって、アムステルダムで印刷に付された、クラウン八つ折判全二巻、総計約四、二〇〇ページのこの私家版は、印行わずかに六部の根定版で、その各部の行方は好中家の興味をそそってやまない探究の題目である。しかし、いまでは、信頼するにたる複刻版が入手可能であり、それをわれわれも眼にすることができる。その名のみ高くして、それをしたしく眼にすることのできないような、《まぼろしの名著》ではないわけだ。が、その作者がなにびとであるか、という問題が大きな《?》つきのまま残されていて、いまにいたるまでつきとめられていないという事情があって、やはりどこか《まぼろし》めかしい印象が、色こくこの本にまとわりついているのである。
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作者不詳『我が秘密の生涯』(中)田村隆一訳
富士見ロマン文庫 昭和57年4月20日 初版発行

(解説)
奇書『我が秘密の生涯』

            開 高  健

 昨年の冬、たまたま伊藤整氏と話をしていて、『我が秘密の生涯』(My Secret Life)という本のことを教えられた。アメリカのグローヴ・プレス社からペイパー・バックで出版されています。“たいへんな本ですよ”と、氏は特有のか細い声で説明し、おだやかに微笑した。

 それから私は旅にでて、アラスカをふりだしに魚を釣りつつアフリカ西海岸と中東の最前線を観察しに、流れていった。そしてアテネのホテルの書店でその本を見つけ、さっそく読みにかかったところ、面白くてやめられなくなった。それまでは原民喜の短篇集とオーウェルの『鯨の腹の中で』というエッセイ集とをかわるがわる読んでいたのだったが、この本が登場してからは、そちらに専念するようになった。

 アテネ、ジュネーヴ、ローマ、ラゴス、パリ、カイロ、イェルサレム、バンコックと流れながら、ほとんど毎夜、欠かすことなく読みつづけ、 タイ国で桟橋から転落して右足の骨を二本砕いてからは、帰国してもずっと寝たきりだったから、また毎日読みつづけた。近年これくらい熱心に勉強した本はない。酒を飲む手をおいて辞書を繰るのだから、われながら見上げたものであった。そこでさっそく伊藤整氏に会い、感想を申上げようと思ったところ、もう逝(い)ってしまわれた。

葬式もとっくに済んでしまったと教えられたのである。しばらく声を失い、本を眺めるばかりであった。
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